子供たちの“本物の笑顔”がたくさん見れるチームに!ソレッソ熊本 サッカークラブ

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大人になるまでには




俺の子どもの頃とはかなり違う


学校生活


歯磨きの時間なんて無かった


タケルは昨日、月曜日なのに給食エプロンを持って帰ってきた


「なんで持って帰ってきた?」って聞いたら


「給食当番で汚れたから洗ってきなさい」って


カレーがちょっと「はねてる」程度だ


預けている以上、学校・担任のやりかたに文句言うつもりはないが、あれで「洗ってこい」ならタケルは毎日持って帰ってくるな


給食時間は全員マスク着用らしいし・・


もっと「ザーッ」としてた方がよさそうな気がする


通知表も昔は5段階だった


今は「A・B・C」の3段階で


取り組みや姿勢なんかを評価の対象で公表しているみたいだ


子ども達は学期末になると


「俺A○個だった」とか話している


中には「俺、C。態度が悪いっていつも書かれる」


その子はサッカー中は態度悪くない


先生が嫌いらしい



今でも俺が鮮明に覚えてるのは


小学4年生の時に俺は1度目の「転機」が来た


スランプだ


何をやっても上手くいかず、テストの点数も悪い


半年間くらい「どんより」していた


それまでは自分で言うのも変だが「クラスの人気者」でそこそこ勉強もでき、運動もできた


たぶん、ちょっとはモテタだろう


何があったか分らないが、突然だった


すべてが上手くいかない


あまり昔の事を覚えてないがあの時期の事は覚えている


大人になって母親に「覚えてる?」って聞いたら


「覚えている。あの時にあんたが這い上がって来れなかったらダメで弱い子なんだろうと思っていたから」って


その時は親に相談なんてしていない


また、親から「どうかした?」なんて言われてもない


見ていて分ったんだろう


なんで、俺がそこをどうにか切り抜けられたのかは分らない


その後は元通り「クラスの人気者」でそこそこ勉強もでき(*小学生時代限定)、運動もできた(体育は5だったぐらいのレベル)

ちょっとはモテタだろう  「女の子」にと信じている


その後はいわいる「スランプ」みたいなのは学生時代は経験していないが、


社会人1年目は強烈にくらった


昔、船の営業をしていた俺


社長の採用基準は「男らしくて元気な奴」だったので即採用


でも、甘かった


俺の学生時代に築きあげた「プライド」はボロボロ


それからサッカーと再会し今がある


今もその社長には良くしてもらっている


なぜ、小学4年の時に乗り越えられ社会人1年目でボロボロになりながら退社しても社長に今でも良くしてもらっているか


たぶん、それはどちらの時も俺が


「逃げなかった」


からだと思う


真正面から向き合った


楽な方・ゆるい方に流されなかった


たぶん、「逃げたらダメだ」って本能的に


育った環境かもしれないが、


「悔しい」って自分で思っていた


辛い時・上手くいかない時は誰にでもある


「なんで俺だけが・・」とか考えるんじゃなくて


「俺が試されているんだな、OK分った。乗り越えてやるよ」ぐらいな感じでやって欲しい




社会人3週間目のシゲキは今、地獄の研修中


毎朝5時30分に起きて県内の施設を回り、グラウンドで指導し帰宅するのは夜遅い


「あーでもない、こーでもない」って叩き込まれている


「大丈夫や?」って聞いたら


「楽勝です」って


いいぞ、シゲキ



「先輩」ジュンペイは


ジムの「チラシ」を作れと言われ


「文面」「文章」にかなり奮闘中


止まっている時間が長いが「苦しんで」成長しろよ







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